仏教講話 「死の恐怖を乗り越える練習」 令和3年5月
- 2021年05月01日老病死は客観的事実
・生まれた時から老いは始まる
15歳から25歳までの人は、青年とか若者とふつう呼ばれます。
仏教では、受精の瞬間、出産直後から老いは始まると見ます。
50歳を過ぎますと、老いの兆候は身体の隅々に自覚できるようになります。
75歳過ぎると平均寿命に達しますが、「死への恐怖」は小さくはなりません。
本能的に年齢にかかわらず、「死の恐怖」は備わっています。
死の恐怖を乗り越える方法について今回は語ってみましょう・・・
江戸時代の侍や戦時中は、死は大変な重みを持ち、生き方の中心にありました。
平和な時代になりますと死の重みが薄れる傾向があっても、個人サイドでは、
一番の課題であります。
教育でも、医療でも「命の尊厳」の対極に死があります。
ですから不注意が原因の死を減らす工夫が各個人には求められます。
私たちは、虫やセミが野原や庭先ですぐに死んでいく姿はよく見かけます。
その際の感情は、「虫の命は儚い」ものだ、くらいの感想を持ちます。
此の感想こそ、死の恐怖を乗り越えるヒントがあります。
「儚い生命」の事実を普通の出来事として理解するのです。
この事実を受け入れますと、死の恐怖を乗り越える50%のヒントになります。
次のポイントは、「身体への愛着」を捨てることです。
身体は自動車の部品と同じと捉えますと、部品が壊れて、修理して、故障して
繰り返し、また故障する。
やがて自動車(身体全体)が壊れて動かなくなります。
人間の身体も同じです。
健康法で暫くは長持ちできても、何れは電池が切れるように動かなくなります。
この事実を心で受け入れる練習をします。
やがて、この事実を受け容れるようになるでしょう。
これで死の恐怖を殆ど乗り越えられるようになることでしょう。
難しいと思われる人は、日ごろから死の恐怖を乗り越える練習をしてください。
やがて死は静かにあなたに訪れますから。
その時安らかな死でありますことを祈っております。